大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)2947号 判決 1981年8月28日

原告 高岡エステート株式会社

右代表者代表取締役 高岡國夫

<ほか三名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 土橋忠一

被告 株式会社備後屋商店

右代表者代表取締役 三島敏雄

<ほか一名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 村田善明

被告 渡辺季男

<ほか一名>

右訴訟代理人弁護士 曽我乙彦

同 万代彰郎

右訴訟復代理人弁護士 金坂喜好

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告らの請求の趣旨

1  被告らは各自、

(一) 原告高岡エステート株式会社に対し金九〇〇万円

(二) 原告高岡國夫に対し金五〇万円

(三) 原告高岡和夫に対し金一一万五三八五円

(四) 原告高岡良三に対し金三八万四六一五円

及び右各金員に対する、被告株式会社備後屋商店、同三島敏雄、同矢島建設株式会社については昭和四七年七月一九日から、同渡辺季男については昭和四七年七月二〇日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  原告らの被侵害利益

原告らは、大阪市北区芝田町四五番の一及び同四六番地上に、鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根一〇階建地下一階付建物(以下、エステートビルという)を共有し、その共有持分は、原告高岡エステート株式会社が二六〇分の二三四、同高岡國夫が二六〇分の一三、同高岡和夫が二六〇分の三、同高岡良三が二六〇分の一〇である。

2  被告らの行為

(一) 被告株式会社備後屋商店(以下、備後屋商店という)、同三島敏雄、同渡辺季男は、被告矢島建設株式会社(以下、矢島建設という)に対し、大阪市北区芝田町二二番地上に鉄筋コンクリート造陸屋根六階建地下一階付建物(以下、備後屋ビルという)の建築工事(以下、本件工事という)を請負わせた。

(二) 被告矢島建設は、昭和四三年夏頃、右工事に着工し、同四四年七月一日頃これを完成した。

被告矢島建設は、右工事に際し、昭和四三年一〇月一五日頃から同年一一月一日頃まで毎日午前七時頃から同一〇時頃までの間、ディーゼルハンマーデルマック三五により、一分間六〇回の割合で、地下二四メートルに達するまで一か所につき長さ八メートルの既製コンクリートプラス杭を三本づつ打ち継ぎ、六六か所に一九八本の打込作業を行った。

3  原告らの被害の発生と因果関係

(一) エステートビルの損傷は、次のとおりである。

(1) エステートビルは、鹿島建設株式会社が請負い、昭和三九年一二月頃着工し、同四一年二月頃竣工した建物で、大阪市建築主事から建築基準法六条一項による建築確認と同法七条三項による検査済証の交付を受けたものであって、建物の構造や設備について法令の要求する基準に合格した建物である。

同ビルは、前記のとおり鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根一〇階建地下一階付の建物であって、その構造は、基礎を地下二六メートルの堅い天満層に根入れし、地下部分の基礎杭、底盤等のほか、地上部分の柱、梁、壁、床版が一体となって互に緊結し合って建物全体を支持しているものである。同ビルは、H字状に南北両壁の間に二枚の耐震壁を挾み、これらが有効に作用して始めて剛構造としての建物の支持力と安全性が確保されるようになっている。

同ビルの外壁は、コンクリートの「白木造り」といわれている「打放しコンクリート」で、その南壁面は約七一二平方メートル、北壁面は約七二七平方メートルの面積を有している。

(2) ところが、エステートビルに、本件工事が開始された翌月の昭和四三年一〇月頃から以下の各所に毛細亀裂が発生しはじめ、時の経過とともに拡幅、肥大を続け、やがて進行が止って小康を呈し、昭和四四年夏頃までにほぼ固定するという経過を辿った。

南北の内外壁面の随所に、長さが一メートル未満から数メートル、幅が二・三ミリメートルで深さが壁厚(一五〇ないし二五〇ミリメートル)を貫通する程度の亀裂が発生した。外壁面の亀裂には、四階から一〇階にかけて各階ごとの相似た場所に、長さ、幅が同程度で、西から東の方向に約一〇度の傾きをもって上昇する方向性、法則性がみられた。

西北隅の袖柱の基部(地上約一〇センチメートル)、次いで西南隅の袖柱の基部に水平亀裂が発生した。

六階から一〇階にかけての上層階の各便所入隅部分及び一階便所の壁面タイルに亀裂が生じた。各タイルに生じた亀裂の位置は西上隅に限られていた。

床版(スラブ)、梁、天井、犬走り等に亀裂が生じた。

(3) その他、ビス頭部の露出、煙突内側の耐火煉瓦の剥離を生じた。右剥離は北側に次で西側がひどく、東側と南側には認められない。

(4) 亀裂の発生と並行して、随所に雨もりがし、地下部分では地下水が浸入し、昭和四四年六月二五日に至って高圧受電盤引込みケーブル配管への漏水事故が発生した。

(5) 耐震壁を構成する壁を貫通する亀裂が、雨漏り、地下水浸入等の二次的損傷と相まって、エステートビルの建物としての構造そのものを、脆弱化させるに至っている。

(二) エステートビルの損傷の原因は、本件工事の杭打ち作業の振動によるものである。

(1) 本件杭打ち作業における振動の大きさ

エステートビルと備後屋ビルとの距離は直線距離にして約三〇メートルであり、両ビルが建築されている場所の地盤は軟弱である。

ディーゼルハンマーによって杭打をした場合は、アースドリル工法に比べて約二割五分以上の騒音を発生し騒音と振動とは比例する関係にあるから、振動も同程度大きなものとなる。さらに、使用した杭はプラス杭であって、杭の表面積が大きいため摩擦系数も大きく、大きな振動を発生する。オーガによる掘削は、杭を垂直に打込むのと、その精度を高めるためのものであって、騒音と振動を無くすためのものではなく、その効果もない。

本件杭打作業に使用したディーゼルハンマーデルマック三五は、一分間に約六〇回の割合で、杭を打撃するものであり、打撃間隔及び打撃力は等しく、したがってこれによって生ずる振動波も等間隔で同じ強さである。そこで、この振動波がそのままエステードビルに加えられた結果、同ビルの固有振動周期(約一秒)と一致し、共鳴理論による共振現象が発現し、増幅された振動エネルギーが同ビルに加わったものと考えられる。エステートビルに被害が発生し、他のビル等に被害が発生しなかったのは、固有振動周期が一致しなかったこと、同ビルと備後屋ビルとの間には杭打ち作業による振動波を途中で吸収し、防振作用を果たしてくれる程の重量の大きい構造体が存在しなかったこと、エステートビルは基礎を地下二六メートルの堅い天満層に根入して立っているため振動が堅固な地盤や基礎杭を通じて直接エステートビルに伝播し逃げ場となるクッションが存在しなかったことなどによるものである。

本件工事の杭打ち作業による騒音と振動はエステートビルに中震程度の地震波動に似た横揺れ縦揺れの振動を惹き起こすほど激しいものであった。

(2) エステートビルの各所に生じた前記亀裂の発生時期、位置、形状等

エステートビルの壁等の亀裂の発生、終了時期は、前記のとおり、被告矢島建設の本件杭打作業の時期と一致している。

同ビルには、前記のとおり、その四階から一〇階にかけての外壁に、各階ごとの相似た場所に、長さ、幅が同程度で西から東の方向に約一〇度の傾きをもって上昇する方向性、法則性のある亀裂が存在すること、構造的、力学的に最も安定している西側袖柱の基部(地上約一〇センチメートル)にも亀裂が生じていること、六階から一〇階までの各階便所等のタイル壁入隅部分にのみ亀裂が生じ、出隅部分には生じていないこと亀裂の規模が前記のとおり全面的、大規模であり、エステートビルの脆弱化を招来するほどのものであることなどから同ビルに加えられた振動により、土地と建物の接点である犬走り付近を支点として、いわゆる鞭振り現象が生じた結果であって、いわゆる乾燥収縮や熱応力あるいはコンクリート工事自体の欠陥等では説明できないものである。

東側袖柱にはなく、西側袖柱にのみ亀裂が生じており、同じ西側でも西北側の袖柱の方が西南隅の袖柱より先に亀裂が生じたこと、各タイルに生じた亀裂の位置は西上隅に限られていること、煙突内側の耐火煉瓦に生じた剥離は、前記のとおり北側に次いで西側がひどく、東及び南側には特別の変化のみられないことは、エステートビルに加えられた振動源が本件工事場所のあった同ビルの東南方向に存在することを示すものである。

4  被告らの責任

(一) エステートビル及び備後屋ビルが存するいわゆる「梅田地区」は、人口稠密で家屋が密集する都市繁華街で、かつ地盤が軟弱であることが著明な地区である。

(二) 被告矢島建設は、建築請負業者として、本件工事を行うに当り、ディーゼルハンマーデルマック三五による杭打ち工法を用いれば、前記騒音、振動被害が発生することを容易に知り得たにもかかわらず、杭打ち工法の選択を誤り、漫然デルマックハンマーによる前記工法を採用した過失がある。

(三) 被告備後屋商店、同三島、同渡辺は、本件工事の注文者として、前記工法を用いれば前記被害発生を容易に知り得たにもかかわらず、設計業者に依頼した設計監理に基づいて被告矢島建設に対し前記工法を用いるように注文指図を与えた過失、或いは前記振動被害を発生させるような工法を用いた建設業者を選任した過失、或いは、本件工事について振動被害の防止が十分なものであることを確かめて注文すべき注意義務を怠った過失がある。

5  原告らの損害

エステートビルは、前記のとおり、コンクリートの「白木造り」といわれるいわゆる「打放しコンクリート」外壁を有し、この壁面は一旦損傷を受けると元に修復することができないものである。また、同ビルには、前記のとおり、外壁を貫通する亀裂があるうえ、雨もり、地下水の浸水等により、建物の構造部分にも被害が及んでいるから、亀裂、雨漏り個所の表層部分を補修しただけでは修復したことにはならない。

その結果、同ビルの耐用年数は短縮し、交換価値が減少した。その金額は、被害発生前の建物の時価二億四、〇〇〇万円から被害発生後の建物の時価一億八、〇〇〇万円を差引いた残額六、〇〇〇万円である。

6  結論

よって、原告らは、被告備後屋商店、同三島、同渡辺に対しては民法七一六条の、同矢島建設に対しては同法七〇九条の不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害額六、〇〇〇万円のうち一、〇〇〇万円につき、原告らのエステートビルに対する共有持分権の割合に応じ被告らに対し、原告高岡エスステート株式会社に対し九〇〇万円、同高岡國夫に対し五〇万円、同高岡和夫に対し一一万五三八五円、同高岡良三に対し三八万四六一五円及び各被告に訴状が送達された日の翌日、すなわち被告備後屋商店、同三島敏雄、同矢島建設については昭和四七年七月一九日から、同渡辺季男については同月二〇日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否

1  被告備後屋商店、同三島敏雄、同渡辺季男

請求原因1の事実は知らない。

同2(一)の事実のうち、被告三島、同渡辺が、被告矢島建設に対し大阪市北区芝田町二二番地上に備後屋ビルの建築工事を請負わせたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(二)の事実のうち、被告矢島建設が本件工事を昭和四四年七月一日頃完了したこと、被告矢島建設が原告ら主張の期間、主張の時間にその主張の方法で杭打ち作業を行ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

同3(一)の事実は知らない。同(二)の事実は否認する。

同4(一)の事実は認め、(三)の事実は否認する。

同5の事実は知らない。

同6の主張は争う。

2  被告矢島建設

請求原因1の事実は知らない。

同2(一)の事実のうち、被告矢島建設が大阪市北区芝田町二二番地上に備後屋ビルの建築工事を請負ったことは認めるが、その余の事実は否認する。同(二)の事実のうち、被告矢島建設が本件工事を昭和四四年七月一日頃完了したこと、同被告が原告ら主張の期間、主張の方法で杭打ち作業を行ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

同3(一)の事実のうち、エステートビルの外壁に西から東の方向に約一〇度の傾きをもって上昇する亀裂が存在することは認めるが、その余の事実は知らない。(二)の事実は否認する。

同4(一)の事実は認め、(二)の事実は否認する。

同5の事実は知らない。

同6の主張は争う。

三  被告備後屋商店、同三島敏雄の主張

1  被告らの行為の主張について

被告矢島建設が本件杭打作業に使用したディーゼルハンマーデルマック三五は、打撃回数の多さ、打撃力の大きさに比して振動が少なく、最近の工事にはほとんど常に用いられる方法である。さらに、本件工事においては、あらかじめオーガーで杭孔を掘削した後杭打作業を行い、無騒音、無振動を期している。

2  原告らの被害の発生と因果関係の主張について

本件杭打作業当時、エステートビルと備後屋ビル工事現場との間には鉄筋中層ビルや木造住宅が存在していたが、これらのビルや住宅の所有者等からエステートビルと同様の被害を受けたとして損害賠償の請求を受けたことはない。

備後屋ビル建築と同時期あるいは相前後する時期に京阪神急行電鉄梅田駅の拡張工事及びエステートビル西側道路における地下鉄工事など備後屋ビル建築工事とは比較にならぬ程大規模な建設工事が行なわれた。

3  被告らの責任の主張について

被告三島、同渡辺は、備後屋ビルの建築にあたり、株式会社関西建築設計事務所にその設計を依頼し、被告矢島建設は、その設計監理に従って右工事を請負い施行した。被告三島、同渡辺は、これら専門家を信頼すると共に、工事による被害防止のための措置につき納得のいく説明を受けたうえで被告矢島建設に着工させたものであって、注文者として十分な注意義務を尽した。

本件杭打作業より、より完全な無騒音、無振動工法である竹中式潜函工法などの特殊工法は、特許権があるため、被告矢島建設のような中小業者としては採用できず、本件工事に用いられた工法が最良のものである。したがって、被告三島、同渡辺には、このような工法による本件工事を注文した点に過失はない。

四  被告渡辺季男の主張

被告備後屋商店、同三島敏雄の主張3前段と同旨。

五  被告矢島建設の主張

1  被告らの行為の主張について

本件工事においては、あらかじめオーガーで杭孔を掘削した後、原告ら主張の方法で杭打ち作業が行われたものである。

2  原告らの被害の発生と因果関係の主張について

(1) エステートビルの外壁面には方向性、法則性のある亀裂が認められるものの、内壁面の亀裂は方向が逆で角度も六〇度ないし四五度と一定していないし、相似性もない。

(2) 軟弱地盤を伝播する振動波は建物の一端に達すると建物の反対側から抜けていき、波動が建物の内部に蓄積されたり、いわゆる鞭振り現象を起こし、エステートビルのように剛な鉄筋コンクリート造の建物の基礎や地階部分に原告ら主張の損傷を与えるというようなことはない。

本件杭打によるエステートビル付近の地表の振動は、最大でも大阪府公害防止条例において建設工事に対して設定された指導基準である二ミリメートル毎秒程度と推定される。右の程度の振動では鉄筋コンクリート造建物に構造的被害を与えるものではない。

本件杭打作業により、他の近接するビルないしは木造住宅について、エステートビルのような被害は発生しておらず、苦情の申入もない。

(3) 原告ら主張のエステートビル壁面の亀裂が被告矢島建設による杭打作業の終了後約半年を経過して発生していること、原告ら主張の地下水の浸入漏水事故が同様に約八か月を経過して発生していることは、本件工事の杭打作業とエステートビルの損傷との間に因果関係がないことを示している。

エステートビルの内壁に生じた亀裂の形象には前記のとおり方向性、法則性、相似性も認められないから、本件工事による杭打作業に原因するものではない。

(4) 以上のとおりエステートビルに生じた亀裂は本件杭打作業によるものではなく、原因はコンクリートの乾燥収縮による自然的なものか、あるいは同ビルの建築工事上の欠陥によるものである。

第三当事者の提出、援用した証拠《省略》

理由

一  原告らの被侵害利益について

《証拠省略》によれば、原告らは、エステートビルを共有し、その共有持分は、原告高岡エステート株式会社が二六〇分の二三四、同高岡和夫が二六〇分の三、同高岡國夫が二六〇分の一三、同高岡良三が二六〇分の一〇であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  被告らの行為について

1  《証拠省略》によれば、被告三島、同渡辺が、昭和四三年九月頃、被告矢島建設に対し、大阪市北区芝田町二二番地上に備後屋ビルの建築工事を請負わせたこと(但し、被告三島、同渡辺が、被告矢島建設に対し右工事を請負わせたことは、原告らと被告三島、同渡辺との間においては争いがない。)が認められ右認定に反する証拠はない。

原告らは、被告備後屋商店も備後屋ビルの注文者である旨の主張をするが、これを認めるに足りる証拠はない。

2  被告矢島建設が本件工事を昭和四四年七月一日頃完了したこと、同被告が右工事に際し、昭和四三年一〇月一五日頃から同年一一月一日頃まで毎日午前七時頃から同一〇時頃までの間、ディーゼルハンマーデルマック三五により一分間六〇回の割合で、杭が地下二四メートルに達するまで一か所につき長さ八メートルの既製コンクリートプラス杭を三本づつ打ち継ぎ、六六か所に一九八本の打込作業を行ったことは、原告らと被告らとの間で争いがなく、《証拠省略》によれば、被告矢島建設が右工事に着工したのは昭和四三年一〇月上旬頃であったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三  原告らの被害の発生と因果関係について

1  エステートビルの損傷

(一)  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(1) エステートビルは、備後屋ビルの西北約三〇メートルに位置し、鹿島建設株式会社が請負い、昭和三九年一二月頃着工し、同四一年二月頃竣工した鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根一〇階建地下一階付建物である。同ビルの基礎は地下二六メートルの堅い天満層に達し、六階以上は軽量コンクリートが使用され、外壁はコンクリートの「白木造り」といわれている「打放しコンクリート」で、南壁面が約七一二平方メートル、北壁面が約七二七平方メートルの面積を有している。同ビルは建築基準法に適合する建物である。

(2) ところが、昭和四四年六月末頃までに、同ビルに次のような被害が発生した。

(イ) 南北の内外壁面の随所に、長さが一メートル未満から数メートル幅も二・三ミリメートルに達するものまで様々で、深さも中には壁厚を貫通し、雨もりを生じさせる程の亀裂が発生した。外壁面の亀裂には、四階から一〇階にかけて各階ごとの相似た場所に、長さ、幅が同程度で西から東に約一〇度の傾きをもって上昇する方向性、法則性がみられるが、内壁面の亀裂には方向が逆で角度も六〇度ないし四五度を一定していないし、外壁面のような方向性、法則性は全くみられない。

西側袖柱の基部に水平亀裂が発生した。

右のほか、上層階の各便所入隅部分の壁面タイル、床版、梁などにも亀裂が発生した。

(ロ) 右亀裂の発生と並行して主に上層階に雨漏りを生じ、地下部分への浸水も発生した。

(二)  原告らは、エステートビルの亀裂について昭和四三年一〇月頃から毛細亀裂が発生しはじめ、時の経過とともに、拡幅、肥大を続け、やがて進行が止って小康を呈し、昭和四四年夏頃までにはほぼ固定するという経過を辿った旨の主張をするが、右主張にそう《証拠省略》と比べ採用し難く、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

2  エステートビルの損傷の原因

(一)  本件杭打ち作業による振動

(1) 《証拠省略》を総合すると以下の事実を認めることができるのであって、以下の認定に反する《証拠省略》は前掲各証拠と照らし措信し難く、他に以下の認定に反する証拠はない。

エステートビルと備後屋ビルとは、前記のとおり直線距離で約三〇メートル離れている。両ビルが建築されている場所の地盤は軟弱であるが、二五メートルから三〇メートル程の深さに天満層という堅い層があり、中間の四ないし八メートル程の深さにやや固い中間層が存在する。

被告矢島建設は、地下八メートルまでアースオーガーで杭の直径より大きい杭孔を先掘りし、前記のとおりディーゼルハンマーデルマック三五により一分間六〇回の割合で地下二四メートルの天満層に達するまで一か所につき長さ八メートルの既製コンクリートプラス杭を三本づつ打ち継いでいったのであり、特に大きな振動が生ずるのは天満層に杭が定着する直前のみであった。

エステートビルの上層階に居る者は、本件杭打ち作業に伴って若干の振動を感じさせられることがある程度であった。

エステートビルと備後屋ビルとの間には四階建のビルや木造住宅が存在しているが、備後屋ビルの建築工事に伴い、これらの住民から騒音、振動についての苦情はあったものの、エステートビルのような被害の発生を訴えるものはいなかった。

本件杭打作業のほか、昭和四三年九月頃から同四四年一月にかけて、エステートビルから約五〇メートル離れた場所において、阪急電鉄株式会社によって梅田駅建設工事が行われたが、その際の杭打ち作業は、本件より小型ではあるが構造を同じくするディーゼルハンマー、デルマック二二が用いられており、又本件より三分の一の長さで、摩擦系数の小さいフレクション杭であったが、本件杭打ち作業よりもはるかに杭打箇所が多く大規模なものであった。

(2) 原告らは、本件杭打ち作業の打撃間隔、打撃力が等しく、これによって生じる振動波も間隔、強さが等しく、このディーゼルハンマーによる振動周期がエステートビルの固有振動周期と一致したため、与えられた振動が共鳴理論によって増幅され大きな力が同ビルに加わった旨の主張をする。

《証拠省略》によれば、エステートビルの固有振動周期が約〇・五秒、ディーゼルハンマーによる打撃の周期が約一秒であることがうかがわれるが、ディーゼルハンマーによる振動周期と同ビルの固有振動周期がどのような特性をもつものか、その値がどの程度まで一致すれば本件被害を生じさせうる共振現象が起こるのかについては、《証拠省略》によっても明らかでなく、その他これを認めるに足りる証拠はない。

(3) 右事実によると、被告矢島建設の本件杭打作業による振動は、エステートビルに前記亀裂等を生じさせる程度のものであったと推認することは困難である。

(二)  エステートビルの各所に生じた前記亀裂について

(1) 前記認定のとおり、エステートビルの各所に生じた亀裂が昭和四四年六月末頃までに発生したことは認めうるが、原告らの主張するように、昭和四三年一〇月頃から毛細亀裂が発生しはじめ、拡幅肥大を続け、昭和四四年夏頃までに固定するという経過を辿ったという事実を認めることはできないから、エステートビルの亀裂の発生、終了時期が本件工事の杭打作業の時期と一致しているとまで認定することは困難である。

又、前記認定のとおり、エステートビルの四階から一〇階にかけての南北の外壁面には、各階ごとの相似た場所に西から東の方向に約一〇度の傾きをもって上昇する亀裂が存在するが、内壁面に発生した亀裂には右のような方向性、法則性は認められない。

(2) 《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

コンクリートは、自然乾燥によって収縮し亀裂を生じるという宿命的な性質をもつものであり、これは一般的にはコンクリート打設後約一週間位で発生しはじめ、約一年か一年半で一応安定するが、亀裂の程度態様等はコンクリート材料の選択、調合、施工上の欠陥の有無等によっても異なり、軽量コンクリートの方が乾燥収縮しやすいと理解されている。エステートビルには前記のとおり六階以上に軽量コンクリートが用いられている。

コンクリート壁内部にある鉄筋が、壁面の亀裂を通して外部から浸入した水によって腐食して膨張し、そのためコンクリートにさらに亀裂を生じることがある。エステートビルは、いわゆる打放しコンクリート外壁であって、壁面を保護するものがなく、コンクリートの亀裂は直ちに風雨にさらされることになる。エステートビルでは内部からパテを塗って雨もれを防いだことはあるが外壁面の補修はしていなかった。

コンクリート壁面の温度差によっても建物にひずみを起こし(温度応力)、壁面に亀裂を生じさせることがある。エステートビルの南側には当時同ビルより高い建物は存在せず、壁面上部に太陽光線が直射する状態にあり、このため北壁面との間に温度差を生じうる状態にあった。

大きなビルのコンクリートを打ち終るまでには時間差が生じ、先に打設した部分と新らたに打設した部分の境にいわゆる打継部分が生じ、これも亀裂の原因となるといわれている。エステートビルでのコンクリート打設には、五、六台のカートを順にタワーで持ち上げてコンクリートを運搬しており打継部分が生じている。

以上の認定に反する証拠はない。

(3) 以上認定の事実によれば、《証拠省略》の記載は採用し難く、エステートビルに生じた亀裂の発生時期、形状、位置、部位、程度等から、原告らの主張するように、同ビルに加えられた振動により犬走り付近を支点として鞭振り現象が生じた結果によるものであるとか、振動源が本件工事現場であった南東の方向であると推認することは困難である。

(三)  よって、被告矢島建設の本件杭打ち作業とエステートビルの亀裂発生との間に因果関係の存在を認めることはできない。

四  結論

以上の次第であるから、その余の点を判断するまでもなく本訴請求は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福永政彦 裁判官 小野剛 小野木等)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例